変わってるよね。
頭がおかしい。
変。
周りからさんざん言われながら生きているうちに「ああ、自分は変わってるんだ、変なんだ。」と自分でも思うようになった。
じゃあ普通ってなんだよって考えてるうちに普通だということに対して漠然と嫌悪するようになった。
では普通とはなにかという議論を展開してあーでもないこーでもない、と言い合うのは面倒なのでここではこれを読んでるあなたの考える、なんとなくの普通をここでは適用してもらえればいいと思う。
たぶん、普通ってそれであってる。
人それぞれ細かな誤差はあれど、あまりにかけ離れた差異はないと思う。
仮に周りの普通というものに対しての認識とかけ離れてしまった人はたぶんサイコパスって人種に該当するんだろう。
知らないけど。
結局脱線したけど
とりあえず
僕は「普通」というものが嫌いだ。
それはあくまで全てにおいて普通から逸脱した存在になりたかったり生き方をしたいわけではない。
この社会で生きていくうえで、最低限の「普通さ」は持ち合わせていかねばならないわけで。
普通とは大多数の人の考える常識であったり秩序である、つまり「平均」のことを言うのだと僕は思う。
あくまで僕はね。
そして変わってると言われ続けるうちにだんだんと変わっていることに何ともいえない美学みたいなものを感じ始めた。
自己防衛としてなのか、逃げなのかは定かではないが、世間体や「みんな」からズレてきた自分にとってはそういう生き方をしてくしかなかったんだと思う。少なくともあの頃の自分にはそうするしかなかった。
たぶん中学生の頃くらいだったからだと思う。
そして
それを
拗らせた。
僕はこの周りと違っていることに美学を求め、人と違うことを追い求めて、普通な人たちを見下した。
この時期の少年少女に見られる
「厨二病」
と呼ばれる非常にタチの悪い病を発症し、さらにそれをひどく拗らせた。
現在27歳。
その病は今も尚、僕の体を、精神を蝕んでいる。
多分、もう治らない。
全身に染み渡ったこの病は恐らく既に僕の魂にまで及んでいる。
しかし、残念なことに世の中は普通だったり、ある一定の平均的な生き方や価値観、倫理観が大多数として成り立っている。
普通であろうともがけばもがくほど、周りとのギャップを思い知らされた。
普通であろうと頑張ったこともある。
自分の居心地の良い変わった人間達によるマイノリティなコミュニティから距離を置き、僕から見た普通な人達と関わってみたりもした。
窮屈。
ひたすら、そう感じた。
何故そんなものに対してそんな楽しそうにいられるのか理解できない、あまりに表面的なモノの見方と軽薄な物言いをする友達に話を合わせて薄っぺらい笑顔を添えて心の中では死ぬほど辟易していた。
価値観など人それぞれだし、
その人にとっては有意義で楽しいものなんだろう。
理解はしてる。
理解はしてるんだけど、
つまらない。
なにせ、つまらない。
死ぬほどつまらない。
ほんとにサイズの合わない服を着て毎日生活してるようだった。
でも、生きていくうえで人に合わせるというのは非常に大切なことだと実感した。
自分の考え、価値観、世界観、
惜しみなく放出してたらあっという間に友達が減った。
そんなもの最初から必要なかったんだ
そうも考えた。
そうじゃないんだ。
友達はいた方がいい。
自分の味方、いざとなったときに支えてくれる仲間はいた方がいい。
いなくてもいい、なんて嘘だ。
いた方がいい。
1人でも生きていける人間など存在しないだろう。この世界で生きてる以上、必ず他の人間と関わらざるを得ないのだから。
でも、そうやって言ってのける人間もいることは否定できない。
恐らくそういう人は
心の強い人間、1人でも生きていけるという自信を持った人。
もしくは
心の弱い人間、1人では生きていけないのに卑屈に寂しさを誤魔化すために強がっているだけの人。
ちなみに僕はそのどちらでもない。
1人は嫌だし。
僕はかなり人に依存する。
それがこの人生でかなり足を引っ張ってきたのも正直事実である。
そして同時に、僕は周りの人に恵まれていることも事実であった。
ある時から自分の将来をあまり考えてこなかった俺の周りには自分から行動し新しく何かを始めて、そして何かを掴もうとする人、掴んだ人が増えた。
最初はあまり気にしてなかったが自分は人とは違うからって卑屈に見て見ぬふりを決め込んでいた。
でも、ふと思ってしまった。
みんなすごいな、と。
自分はクソみたいなところで1人で卑屈に取り残されてしまったような寂しさを感じてしまった。
SNSを見ればかつての同級生たちが普通に楽しそうに結婚していたり子供ができたり幸せを掴んでいる。
なんだかとても遠く感じた。
戻れないなあ、
眩しいなあ、
だいぶ遠いとこまで来てしまった。
でも僕は思った
幸せにはなりたいな。
でも今更普通の幸せを普通に掴むことなんてできはしないことはわかってる。
いつからかはみ出して遠ざけて遠ざけられてきた人生だったけど、
変わっているなら変わっているなりに出来ることがあるんじゃないか。
周りと違うというのは
それって特別なんじゃないか。
自分だから出来ることがあるはず。
変わっている。
頭がおかしい。
変。
それでも最終的に何かを成し遂げてさえしまえば文句も言われないし認めさせてしまえばいいんだ。
変わりたい。
そう思ったとき
自分の周りには背中を押してくれる人、助けになってくれる人、話を聞いてくれる人がたくさんいた。
無駄ではなかった。
救われた気がした。
それなら変わるしかないじゃないか。
どう変わろう。
どうなりたいんだろう。
そう思ったときはっきりとした目標は全然思いつかなかった。
ただ、漠然と
ただの変わった奴じゃなくて、特別な人間として周りに認められたい。
そのために必要なことを始めていこう
それでいいんじゃないかと思った。
だからStarting Over
今の自分を捨てて初めからやり直そう、
などとは思わない。
今まで生きて培ってきた経験や考えは決して無駄にはならない。
結論、
自分のしてきたこと、過去含めて何も捨てるつもりもリセットをする気もない。その全てが今の自分を構成する大切なものだから。
でもそれに縛られることなく初心に帰って気持ち新たにリスタートしたい。
それが俺の
Starting Over
つまり
強くてニューゲーム。